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’02年9月 会社の定期健診で心雑音がするという診断を受けるが、様子をみるにとどまる。

’03年4月 次の健診でも同じ診断だったので、精密検査を受けることにする。

’03年5月22日 近所の大学病院で精密検査を受ける。
 最初に循環器内科で受診し、心エコー、心電図、血液検査を行い心エコーにて大動脈二尖弁の疑いがあり血液が逆流していることが分かる(逆流の度合いを4段階で表し、その数値が2〜3度・・・3度以上が手術適用レベル)

循環器内科の先生に、すぐに手術が必要と言われ心臓血管外科に紹介される。そこでは近いうちにカテーテル検査(2泊3日)をしてみましょうと言われ次回の受診日までに、日程を調整することになる。

しかし自覚症状は全く無く、突然に手術と言われ大変動揺しました。それから次に大学病院に行くまでの間、かぶりんがインターネットでこの病気に関する情報収集を始めました。その中で、セカンドオピニオンの重要性を感じ本当に手術が必要なのかどうか他の先生に診てもらうことにしました。

 セカンドオピニオンには神奈川県にある葉山ハートセンターを選びました。こちらは心臓手術でNHKの『プロジェクトX』という番組に取り上げられた須磨先生が院長で、患者本位にたった理想的な医療を目指して作られた病院です。
電話にてこれまでの状況をコーディネーターの方にお話しし、6月6日に受診の予約を取りました。

’03年5月31日 にこりんとかぶりん二人で大学病院へ行き、セカンドオピニオンを受けたい旨を医師へ伝えました。その際、手術する病院が遠方であっても近くにすぐに診てもらえる病院は必要で、希望すればその先生が診てくださるということを快諾してくださいました。セカンドオピニオンの件も、「是非されたほうが良いですよ」とのお返事。正直、嫌な顔をされたらどうしようと思っていたので大変ホッとしました。

’03年6月6日 初めて葉山ハートセンターで受診。大学病院と同じ心エコー、心電図、血液検査を行う。その結果病名は「大動脈弁閉鎖不全」やはり大学病院の診断と同じ、手術が必要な状況であることがわかりました。

思いがけない出来事・にこりんの心臓手術
’03年6月27日、にこりんが「大動脈弁閉鎖不全」という病気のため、大動脈に人工弁を入れる手術を受けました。健康そのものと信じ日々を過ごしていたのに突然の病気の発覚で戸惑いましたが、インターネットの情報や医師の意見などから手術をしないリスクとした時のリスクを考え手術に踏み切りました。極めて個人的なお話しですが、もしも同じ病気の方がいて少しでも参考になればと考えレポートをすることにしました。医学的な知識は全くありませんが、私たちが経験したことをご紹介したいと思います。
「大動脈弁閉鎖不全」とは
全身に血液を送り出すための臓器、心臓は血液をいったんためて一気に押し出し、体中に血液を送ります。4つの部屋に分かれその堺には、それぞれの部屋から血液が逆流しないための弁があります。これらの弁がうまく働かず、血液が部屋から出て行きにくくなったり一旦押し出した血液が部屋に戻ったりするのが「心臓弁膜症」という病気です。にこりんの場合心臓から全身に血液が送り出される血管の弁、すなわち大動脈弁がなんらかの原因できちんと閉じずに効率よく血液が送れない状態でしたので「大動脈弁閉鎖不全」という診断になりました。
 
’03年6月9日 手術をしない場合のリスクの方を考え、決断。葉山ハートセンターへ電話をしその旨を伝える。そして22日に入院、27日に手術が決まりました。
通常ですと大動脈弁は3枚の弁が閉じたり開いたりします。ですが心エコーでにこりんの大動脈弁は2枚になっていて、そのために弁がうまく閉じずに血液が逆流していることが分かりました。なぜ弁が2枚なのかは手術をしてみないとわからないとのことでした。できれば手術をせずに済めばと願っていましたが、弁自体を薬で治すことはできず外科的治療が必要だと言われました。

 もしこのまま放っておくと、心臓は充分に血液が送れていないので「もっとたくさん送ろう!」と、頑張ってしまい肥大していくんだそうです。肥大が進むと心臓に負担がかかり、全身の血流も悪くなり他の臓器にも影響がでてくる。すると心不全を起こすことになるということでした。
 幸いにこりんはまだ何も自覚症状すら無く、血液検査などの状況から手術を受けるなら良い状態だと言われました。 
正常な大動脈弁
自覚症状が無いとはいえ医師によると「長い期間で徐々にこのような状況になているために気付かないのです。これを改善したら同じ動作もこんなに楽だったのかと自覚するはずです」とのことでした。そして、「これから暑くなりますと体から水分がたくさん出るために、心不全を起こす人が増えるんです」と締めくくられました。

あとは本人が手術を受けることを決心して病院に連絡をすれば、日程を組んでくださるということになりました。
’03年6月22日 入院当日。家族とかぶりんの母親と葉山へ向かう。午後に入院のため時間つぶしに近くの葉山公園で散策。公園にはバーベキューや日光浴を楽しむ人たちでいっぱいです。実は逃げ出したい気持ちでいっぱいだったのは言うまでもありません (^^; 時間になりいよいよ病院に入りました。予定していた4人部屋が空いておらず、案内されたのは個室(差額ベッド代5万円/日)でした。が、病院側の都合なのでもちろん4人部屋料金。画像の通り眺望も素晴らしくまるでホテルの様な素晴らしい部屋でした。こうして24日間の入院生活が始まりましたが、一人置いていかれるのは本当に寂しいものです。なにせ生まれて初めての入院で手術するのが「心臓」なんですから・・・(T_T)
葉山公園にて
’03年6月23日 この日から様々な検査が始まります。本日は採血、心電図、レントゲンの他に両頚動脈超音波検査(頸部血管内病変の有無)、頭部MRI・MRA(脳疾患の既往、脳血管病変の有無)。
’03年6月24日 腹部超音波検査(肝臓、胆嚢をはじめ腹腔内病変の有無)、胸部イマトロンCT(大動脈の病変の有無)。
’03年6月25日 心臓カテーテル検査(心臓の動き、血管の状態をみる)この日は危険をともなう検査のためかぶりんも病院へ来ました。まだ手術前とはいえ、お互いの顔を見るとホッとします。検査は午後から、少してこずり45分ほどでかかりました。右腕の手首の血管からカテーテルを入れたのですが、1枚写真を撮った後カテーテルを出し入れする際に血管が収縮してしまい、入りづらくなってしまいました。収縮を抑える注射をしてもダメで、今度は肘近くの血管から入れました。医師いわく「血管が若い証拠」だそうで、妙なところで喜ぶにこりんでした。
カテーテル検査の結果・・・血液の逆流の度合いがエコー検査では3度だったのが、4度ということでした。医師の説明では「ジャージャー漏れてる」んだそうです。入院で体がナマっちゃう〜とか言って、検査当日の朝にスクワットしちゃったなんて先生には言えない・・・(^^ゞ
 画像の黒い部分がにこりんの心臓の左室、左につながっているのが大動脈。大動脈の付け根に造影剤を流しているところです。正常なら造影剤が左室に入り込むことなく大動脈だけが黒く写るわけです。こんなに黒いということは、紛れもなく血液が逆流しているということです。
’03年6月26日 手術前日、かぶりんと娘のひまりんが手術当日に備えて午後から来ました。もう全ての検査も終わり時間を持て余してしまっているうえ、手術のことを考えると穏やかではいられません。家族が来てくれると安心します。
 手術の説明に麻酔科の医師が来てくれました。手術室に運ばれてからの手順などを細かく教えてくれました。こちらからも色々と質問させていただき、丁寧に答えていただいたのでいくらか手術に対する不安が和らぎました。
その後、執刀医の先生からも手術やリスクなどの説明を受け、手術や輸血に関するの同意書など渡されました。あとはもうまな板の上の鯉。先生達にお任せするだけです。
 そして今日は部屋で家族と一緒に夕食です。あいにく息子のでぶりんは小学校の移動教室で日光へ行っています。楽しんでいることでしょう。夜の8時頃まで一緒に過ごし、かぶりんたちは近くの旅館へ戻りました。本日は病院でもらった睡眠薬を飲んでグッスリ。ついに明日は手術当日です。
’03年6月14日 大学病院の医師にあらためて紹介状を書いていただき、術後の健診などについてお願いしました。
検査後の様子
検査前の様子
’03年6月27日 いよいよ手術当日、9時半から手術です。かぶりん達も8時過ぎには病室に行きました。準備のため看護師さんも早くから何度も病室にやってきて、何かと処置をしていきます。ドキドキするのを防ぐために精神安定剤を飲みベッドで安静にします。かぶりんには連絡用の病院のPHSが渡されました。9時20分頃、ついにお迎えです。「行ってらっしゃ〜い!」と、かぶりんとひまりんで笑顔で送り出しました。ひまりんは中学校の試験前、待ってる間にお勉強。

午後にはにこりんの姉と兄が駆けつけてくれました。1時半頃、待ちに待ったPHSが鳴りました。執刀医の先生から「手術が終わりました。ICUに来てください。」ICUへは兄とかぶりんで、白衣を着てマスクをしスリッパに履き替えて入室です。
 ICUのベッドではたくさんの管につながれたにこりんが眠っていました。切り取った弁を見せてもらい、手術の経過を説明してくださいました。「手術は順調に終わりました。肝臓や腎臓の機能は採血の結果、異常なし。脳の機能は目覚めてから手足の動きをみてわかります」・・・あ〜なにはともあれ無事終わって良かった!
 一番の不安は心臓を止めて手術するわけで、終了後にもし心臓が動きださなかたらどうしよう・・・ということでした。でもちゃ〜んと帰ってきてくれました。

その後、兄と姉は帰宅。かぶりんとひまりんは、もう明日の3時のICUでの面会時間まですることがありません。待合ロビーで漫画を読み時間つぶし。そこへ通りかかった執刀医の先生から「ご主人目が覚めましたよ」と教えていただき、またまた喜びました。
 夕方になり、旅館に戻る前に海岸へ行きました。ひまりんは貝拾い。かぶりんはベンチに座り波の音を聞きながらボケ〜ッと虚脱感に浸るのでありました。波の音を聞いて、不覚にも涙がポロ〜リ・・・。良かった、ほんとに。
血圧測定
手術室へ・・・笑顔でお見送り。頑張ってねぇ〜!
PHSを渡され手術終了の連絡待ち
試験勉強中
お世話になった「大海荘」
私達が泊まった「大海荘」は、遠方から病院に来る患者の家族がよく利用する旅館です。名古屋、大阪、奄美大島などから来て数週間滞在している方もいらっしゃいました。夕食の時間には、お互いに病気や手術の話しができ辛いのは自分達だけじゃないんだと、元気付けられました。
’03年6月28日 (術後1日目)一刻も早くにこりんに会いたいところですが、ICUにいる間の面会は午後3時からのわずか10分間。10時に旅館のチェックアウトをしてしまったら時間を持て余してしまいます。ま、それははじめから予定していたことなので、あらかじめ色々と調べておきました。まずは病院の近くの「しおさい公園」で散策。その後三浦半島を南下して城ヶ島へ。ひまりんとふたりで展望台などを見学しました。それから一番の?目的だったまぐろ料理を食べるために三崎の町へ行きました。城ヶ島も面白かったし、まぐろ料理も美味しかったけど・・・本当は4人揃っていたらもっともっと楽しくって美味しかっただろうな!絶対こんどは4人で来よおっと!
3時少し前に病院に到着。時計とにらめっこしてようやく3時。さっそくICUに行き、白衣を着て入室。やっと会える♪
入ってびっくり。辛そうだけど、もうベッドで上体を起こして座っています。聞けばもうお昼におかゆも食べたとか。しかも自分で!またまた安心して涙腺緩んじゃったよ。にこりん「美味しい物食べてきた?」かぶりん「うん。悪いけど食べてきた(^^)」と会話しました。もっと一緒にいたかったけど、にこりんも疲れるので帰ることにしました。
葉山ハートセンター
部屋からの眺望
個室
キッチン付き
’03年6月29日 (術後2日目)にこりんの姉が面会に行ってくれました。ICUからHCU(観察室)へ移動し、ベッドの上で座ってテレビを見ていたそうです。トイレも自分で歩いて行ったそうです。日に日に快復しています。
’03年7月1日 (術後4日目)入院以来ずっと会っていなかったにこりんに、でぶりんを会わせるために学校を休ませ連れて行きました。久しぶりに会い、でぶりんは楽しかった移動教室の話しをしました。手術後にひどい肩凝りになったにこりんの肩をもんでいます。
肺のリハビリ・・・肺の奥まで使うように吹きます。ブーブーと面白い音がします。 
’03年6月30日 (術後3日目)心臓リハビリ開始。病室内の歩行から始まりました。
術後8日目
血圧、脈拍を測ってリハビリ開始
リハビリ表
同じ部屋の皆さん
名古屋のYさん夫妻
術後17日目
術後2日目ICUの看護師さんと
手術の話し・・・にこりんの大動脈弁は3枚のうちの2枚がなんらかの理由でくっついてしまっていました。原因は分かりませんが先天性ではなく、途中でそういう状態になったうようです。手術は術前の説明の通り、順調に進み前後の時間を除いて正味2時間40分ほどで終わりました。
ICUではこの様に・・・
うまく機能しなくなっていた大動脈弁を切り取って、新しく付けたのが左の人工弁です。体内に金属を使用することで血栓ができやすくなるために、それを防ぐための薬(ワーファリン)を飲み続けなくてはなりません。これを飲むと、出血した時に血液が止まりにくくなります。大きなケガには注意が必要です。
 またワーファリンの効果を妨げる食物として、ビタミンKの含有量が多い納豆・クロレラなどがあります。これらを摂取しないように心がけるようにします。

左のレントゲン写真は術後のものです。胸の真ん中の胸骨を6本のワイヤーで止めています。上から5本目のワイヤーの右側にうっすらと楕円状に人工弁が見えます。
術後18日目無事退院(三崎にて)
’03年7月15日 (術後18日目)待ちに待った退院の日がやってきました。1ヶ月前には想像もできまかった爽快な気分です。とても居心地の良い病院とはいえ、3週間も家族と離れて暮らすのは初めてで辛かった〜(T_T)
 帰る前には、かぶりんとひまりんが行った三崎に寄ってまぐろ料理を食べました。病院食と違い味があって感激しました。これからしばらく自宅療養をしリハビリを進めて、月末には社会復帰の予定です。

 ご心配いただいた皆さん、ありがとうございました。

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